こうやって目が覚めている時に、怒涛の連続投稿してやりますよ。
書きたいことは、山ほどあるんだ。
みんなも付いてきてください(何様w)。
さてさて、病室に戻ってきて、少しおしゃべりをしていたら、
少しずつ会話がスムーズになってきました(返事のスピードが)。
救急車を呼んだ時のおかあさんの状況とかを説明してくれました。
そこで、わたしが冗談まじりで、
「昨日(火曜日)に来といて良かったわー。もしおとうさんひとりだったら、
一升瓶開けてた言うてたよーあははー」と言ったら、
頑固で強がりなおかあさんが、シクシクと泣きだしてしまいました。。。
おかあさんが泣いた所をわたしは今まで見たことがないと思う。
いつも強かったおかあさんの涙を見て、
わたしの目からも涙が・・・出ませんでした(ぉぃ)。
どうしてか客観的に捉えるようになってしまったのか。
ここでわたしは涙を流せないと思ってしまったのか。
むしろ、右目からちゃんと涙が流れてるって思ってうれしかったです。
でも、おかあさんのおとうさんに対する気持ちが十分伝わってきたし、
「生きててよかったねー」と慰めて、
リハビリもがんばろうね、となったのでした。
おかあさんのスキなクロスワードも、しばらくは出来んねと話をしていたら、
「しんどいし、字が書けないと思う」と言うので、
なら自分の名前書いてみ、と。
苗字はゆっくりでも書けたんですが、
名前を書く以前に漢字もひらがなも思い出せない。
左脳は記憶も関係してるので、こういう所も症状が出るんですね。
そうこうしている内に、理学療法士の方がいらっしゃいました。
右手右足の具合をテストする為だそうです。
ベッドに座りながら、療法士さんに抱きついて(若い女性の先生でしたよw)、
立ち上がっても、怖くて立ってられないと言って、すぐベッドに座る。
でも、右手右足は、自分で上げ下げも出来るし、
力も随分と強く入れれます。
麻痺ではなく、どうやって動かすかの感覚がなくなってしまったようです。
右手でピストルしてーって言っても、指がうまく動きません。
目をつむって、先生が中指を上下させて「いま触ってるの、何の指ー?」と聞いても、
「んー、人差し指」
右手の人差し指、中指、薬指の感覚がバラバラみたい。
長い紐を先生が両手でピンッと張って、おかあさんの目の前に出して、
「はい、じゃあー、この紐の真ん中、どこらへん??つまんでー」と言うと、
めっちゃ左寄りをつまむ。
これは、右の視界が本来よりも狭く認識してしまっている為に、
中心が左にズレてしまうという現象。
わたしは少し後ろで、腕を組んでその状況を立って見てましたが、
このなんてことない動作も、いろんな神経が指示を出して、
やっと成り立っている、そんな人体の不思議に感動してしまって大変でした。
少しはおかあさんの心配をしろと(w
最初は怖くて立てないと言っていましたが、
最後にもう一回立ってみようか、補助機も持ってくるから、と、
U字型の持ち手が付いた車輪付きの補助機を使って、5歩ぐらい歩いてました。
少しだけ、この短時間でも感覚が戻ってきたみたいです。
おかあさんに立てないって、どういう感じ?と聞くと、
「どこに力を入れていいのかが、わかんない」と。
不思議ですね、本当に。
最後に、先生がおかあさんに名前や生年月日を聞いて、
生年月日の年だけが答えられず、
そんなピンポイントで思い出せないこともあるんだな、怖いなーと思ってたら、
「この方どなた?」と先生がわたしを指差して、おかあさんに質問。
怖い。
おかあさん、ニコッと笑って「娘です」と。
良かった。
続けて、先生が「娘さんのお名前は?」と聞くと、
おかあさん、首をかしげて、「えーっと・・・」
ちょ、待てよ!(キムタクで再生)
その後、いたずらっ子の顔でニカッと笑い、「メローです」と。
こいつ、わたしをビビらせやがったな、と思う反面、
本当に本当に本当に安心しました。
今後は午前と午後でリハビリをし、
金、月、火と放射線治療をするとのことです。
うまくいけば、来週中の退院も出来るかもしれません。
水曜日からおねえちゃんが来てくれたので、
わたしはバイトの為に、一旦大阪に帰ってきてます。
本当にお金がいるので、こればっかりは。
わたしが健康な内は、1時間でも稼ぎたいもんです。
さて、次回少し別のお話させてください。
←まだ更新するつもりです、わたし。早く寝なさい、わたし。
---------------------------------------------------------
みんなダイスキ、くぅまるの時間ですよー♪
名古屋は湿気大国ですが、暑くなると、この体重計大人気です。
ヒンヤリしてるからですかね、取り合いです。
書きたいことは、山ほどあるんだ。
みんなも付いてきてください(何様w)。
さてさて、病室に戻ってきて、少しおしゃべりをしていたら、
少しずつ会話がスムーズになってきました(返事のスピードが)。
救急車を呼んだ時のおかあさんの状況とかを説明してくれました。
そこで、わたしが冗談まじりで、
「昨日(火曜日)に来といて良かったわー。もしおとうさんひとりだったら、
一升瓶開けてた言うてたよーあははー」と言ったら、
頑固で強がりなおかあさんが、シクシクと泣きだしてしまいました。。。
おかあさんが泣いた所をわたしは今まで見たことがないと思う。
いつも強かったおかあさんの涙を見て、
わたしの目からも涙が・・・出ませんでした(ぉぃ)。
どうしてか客観的に捉えるようになってしまったのか。
ここでわたしは涙を流せないと思ってしまったのか。
むしろ、右目からちゃんと涙が流れてるって思ってうれしかったです。
でも、おかあさんのおとうさんに対する気持ちが十分伝わってきたし、
「生きててよかったねー」と慰めて、
リハビリもがんばろうね、となったのでした。
おかあさんのスキなクロスワードも、しばらくは出来んねと話をしていたら、
「しんどいし、字が書けないと思う」と言うので、
なら自分の名前書いてみ、と。
苗字はゆっくりでも書けたんですが、
名前を書く以前に漢字もひらがなも思い出せない。
左脳は記憶も関係してるので、こういう所も症状が出るんですね。
そうこうしている内に、理学療法士の方がいらっしゃいました。
右手右足の具合をテストする為だそうです。
ベッドに座りながら、療法士さんに抱きついて(若い女性の先生でしたよw)、
立ち上がっても、怖くて立ってられないと言って、すぐベッドに座る。
でも、右手右足は、自分で上げ下げも出来るし、
力も随分と強く入れれます。
麻痺ではなく、どうやって動かすかの感覚がなくなってしまったようです。
右手でピストルしてーって言っても、指がうまく動きません。
目をつむって、先生が中指を上下させて「いま触ってるの、何の指ー?」と聞いても、
「んー、人差し指」
右手の人差し指、中指、薬指の感覚がバラバラみたい。
長い紐を先生が両手でピンッと張って、おかあさんの目の前に出して、
「はい、じゃあー、この紐の真ん中、どこらへん??つまんでー」と言うと、
めっちゃ左寄りをつまむ。
これは、右の視界が本来よりも狭く認識してしまっている為に、
中心が左にズレてしまうという現象。
わたしは少し後ろで、腕を組んでその状況を立って見てましたが、
このなんてことない動作も、いろんな神経が指示を出して、
やっと成り立っている、そんな人体の不思議に感動してしまって大変でした。
少しはおかあさんの心配をしろと(w
最初は怖くて立てないと言っていましたが、
最後にもう一回立ってみようか、補助機も持ってくるから、と、
U字型の持ち手が付いた車輪付きの補助機を使って、5歩ぐらい歩いてました。
少しだけ、この短時間でも感覚が戻ってきたみたいです。
おかあさんに立てないって、どういう感じ?と聞くと、
「どこに力を入れていいのかが、わかんない」と。
不思議ですね、本当に。
最後に、先生がおかあさんに名前や生年月日を聞いて、
生年月日の年だけが答えられず、
そんなピンポイントで思い出せないこともあるんだな、怖いなーと思ってたら、
「この方どなた?」と先生がわたしを指差して、おかあさんに質問。
怖い。
おかあさん、ニコッと笑って「娘です」と。
良かった。
続けて、先生が「娘さんのお名前は?」と聞くと、
おかあさん、首をかしげて、「えーっと・・・」
ちょ、待てよ!(キムタクで再生)
その後、いたずらっ子の顔でニカッと笑い、「メローです」と。
こいつ、わたしをビビらせやがったな、と思う反面、
本当に本当に本当に安心しました。
今後は午前と午後でリハビリをし、
金、月、火と放射線治療をするとのことです。
うまくいけば、来週中の退院も出来るかもしれません。
水曜日からおねえちゃんが来てくれたので、
わたしはバイトの為に、一旦大阪に帰ってきてます。
本当にお金がいるので、こればっかりは。
わたしが健康な内は、1時間でも稼ぎたいもんです。
さて、次回少し別のお話させてください。
←まだ更新するつもりです、わたし。早く寝なさい、わたし。
---------------------------------------------------------
みんなダイスキ、くぅまるの時間ですよー♪
名古屋は湿気大国ですが、暑くなると、この体重計大人気です。
ヒンヤリしてるからですかね、取り合いです。
#
by mellowww
| 2015-06-20 02:04
| おかあさんの病気について